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祭神気比大神は、敦賀から五臣を供に下向。背の方からの波で、この地にお着きになった。よってこの地を、背波と呼んで興産民生の基を開かれた。 祭神おかくれの後、五臣は産土神と仰いでここに社殿を建てた。 |
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由緒 西奈彌神社 瀬波河三面川下流は、鮭漁により平安の昔から遠く都にも知られていた。 その頃、祭神気比大神は、敦賀から五臣を供に下向。背の方からの波で、この地にお着きになった。よってこの地を、背波と呼んで興産民生の基を開かれた。 祭神おかくれの後、五臣は産土神と仰いでここに社殿を建てた。 延喜式にも記録されている古い神社で、例祭は9月4日である。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |