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俗称城山(古称白鳥峯、海抜146m)の南東麓に鎭座している。 『特選神名牒』は「今按、村老傳云ふ、仲哀天皇の御代、當所より白鳥を献ず、故に白鳥神社を勧請す」としている。 |
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白鳥神社と寺町集落の由来 白鳥神社の祭神は日本武尊で社の名を昔からこの地に生息していた白い鷹を神の使いとして敬っていたことから白鳥神社と称されて来ました また呉羽山丘陵の最高峰の麓にこの神社があったことから社の名に肖つて山頂の城を白鳥城と呼称されています 白鳥神社の歴史と共に歩んで来たのは社の後方南側の古川であります 旧神通川の廃川で大正末期(1920年)頃までは暴れ河で現在は改修後の神通川に合流しています 寺町の由来は記述によると応仁2年(1294年)頃に臨済宗本山東福寺(京都)の竺山禅師がこの地に滞まり通称「万松山崇聖寺」を創建して約300年(1600年頃)栄えていてその門前集落を寺町と称することになったと伝えられて来ました 平成7年4月吉日 社頭石碑 |