御崎神社
みさきじんじゃ
天神社 に合祀
所在地 社名














   【延喜式神名帳】神島神社 備中国 小田郡鎮座
   【現社名】天神社
   【住所】岡山県笠岡市神島5335
       北緯34度28分16秒  東経133度31分37秒
   【祭神】(天神社)菅原道眞
   【例祭】(天神社)9月第3日曜日 例大祭
   【社格】
   【由緒】天神社は貞和年間(1345−49)の創建

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の有無不詳

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】(天神社)本殿
       (天神社)拝殿

   【境内社】

神島御崎に鎮座していた御崎神社が式内社神島神社に比定されている。御崎神社は現在同所の天神社に合祀されている。
天神社は南北朝時代の延文年間(1356年-1361年)、地頭の小見山某の発願により、創建された。


天神社

当社は菅公を祭神とし今を去る凡そ六百数十年前貞和年間の創建と伝えられる
古来人士の来遊する者多くかって寛政4年鴨方の儒者西山拙斉神辺の詩人菅茶山らが当社祠官小寺清先を訪うとここに遊び詩を社殿の柱に題したが30余年の後頼山陽は此の地を過ぎ墨跡を見て景仰の念に勝えず詩一篇を賦した。時に拙斉すでに亡く茶山また老い独り波影と松声のみ依然として旧に変わらぬことに嘆を発したのである。山陽も同じく其の詩を柱に記したが惜しいかな明治23年本殿改築の際これら前賢の遺墨は総て烏有に帰した。
茲に本社61式年祭を挙行するに当り前賢の遺風を慕い山陽の詩を石に刻んで後世に伝えることとした。
なお碑面は神辺在住元岡山大学教授木下彪先生の筆に成る。
昭和47年陰暦8月
頼山陽詩碑建設期成会

社頭掲示板



天~社

本神社は少彦名命を祀り、口碑によれば建保五年(1217)領主某が鳥羽山長法寺から北野天満天~の御分霊御尊像を請けて本神社に合祀したという。本神社の御神体菅公の尊像(定朝の作)は鳥羽法皇の京都鳥羽殿に祀られていたもので、平氏西下の時に奉じて屋島から陶山城に移し、そこに安置していたものを本神社に合祀したものである。享保六年(1721)に幣殿を再建した。明治四十年五月、村社に列格し神饌幣帛供進神社に指定された。

岡山県神社一覧



天~社

当社は、延文年間に地頭の小見山某の発願により、創建された。
 貞享4年(1687)6月備後福山城主水野美作守勝慶が社殿を再興し境内を拡張した。現在の遺構である。
 神苑内に万葉集その他の石碑がある。

岡山県神社庁



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順悠社