志賀剛によると、天村雲命は雨神、伊自波夜比賣命は出水神。天地の水神を祀っているとする。 昔から祈雨の神として信仰せられ、旱ばつの際は雨乞いを祈願するならわしであつた。 当初から天村雲神と伊自波夜比売神が併祀されていたものである。神名帳の記載様式は、忌部神社より改行され、数段下げて書かれている。そのことは明らかに忌部神社の摂社としての社格を表現していると考えてよい。 |
天村雲神社 所在地 徳島県吉野川市山川町流32番地 祭神 天村雲命 伊自波夜比売命 二座 天村雲神社は忌部神社の摂社である。 村雲神は水政の神であり、低地における農耕集落の祭神として信仰せられ、旱魃の際は村人が集まり雨乞いを祈願したことと思われる。 旧事紀には、村雲神の系統について天照太神天降りし代の随神として降臨した饒速日命の孫にあたると記され、尊い神として忌部の人々が、地主神または守護神として崇めこの地、阿波国忌部郷雲宮に祀ったと思われる。 また、この神社は、延喜式神明帳にも祭神天村雲神、伊自波夜比売二座を祭る式内社であると記されている。 尚、当神社が忌部神社神域内におわします神社で、阿淡両国神社録にも忌部神社の摂社牟羅久毛(むらくも)神社と明記されている。 神社創建については定かでないが文献に天和4年(1684)に忌部常応(つねお)が書いたと言われる紙幟に「天村雲神社」とあり、この地に村雲神社があったことが記録されている。 また、山崎八幡神社に保存されていた棟札77枚の中に、村雲神社に関する1枚の棟札があり、それには、 奉再興天村雲神社御殿一宇遷宮 文政二己卯五月十二日 大工藤原浅吉 とあり、時代を検証する貴重な資料として、大切に保存する。 平成26年7月吉日 日の出一 氏子一同 社頭掲示板 |