建布都西宮神社
たけふつにしみやじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】建布都神社 阿波国 阿波郡鎮座

   【現社名】建布都西宮神社
   【住所】徳島県阿波市土成町郡569
       北緯34度5分51秒、東経134度20分3秒
   【祭神】武甕槌神 經津主神
   【例祭】10月18日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】由緒不詳
       文安元年(1444)領主原田大和守再建
       戦国期細川三好の兵乱・長曽我部の兵火で焼失
       天正14年(1586)蜂須賀家政国内巡検後北八幡宮と称
       享保2年(1717)社殿再興
       安永3年(1774)菟地記載
       明治3年式内社決定に破れる

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の有無不詳

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「来北八幡宮」と称していた
   【社殿】本殿流造
       幣殿・神輿庫・社務所

   【境内社】

この地は律令時代阿波郡の郡衙のおかれたところとされている。
『阿波郡誌』の伝える由緒には、文安年間に領主原田大和守が荒廃を嘆いて社殿を修復、鏡一面を献したこと、のち兵火にかかり森林中の小祠となっていたが、天正14年に太守家政が国内巡検したとき、どんな神を祭るか尋ね、社人は武神なので八幡宮であると答えたため、それ以来北八幡宮と称した。
享保18年(1733年)には本殿を再興しており、それらの棟札に「建布都神社神号」があって、これらが式内比定の根拠。


建布都神社

ここ郡地区は古来敬神崇祖の年あつく由緒ある建布都・西宮二社を奉賛護持して遠く祖先より伝えてその加護の下に住民は安居楽業の年月を過ごしてきました。
ことし聖代平成12年・世紀2000年20世紀最後の年にあたり両社を奉斉合祀して建布都西宮神社の一社となし崇敬の心を新たにして永く後世に伝えんと願うものである。
平成12年10月吉日
氏子一同

社頭石碑



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