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【社名】 社名の「出雲」は鎮座地が往古の出雲郷の地であつたことによると考え、「井於」は祭神が井戸(霊泉)の上もしくはそのほとりに鎮座していた故と考えられる。 |
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【祭神】 「祓神」『鳥邑縣纂書』、 |
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【みたらし祭(御手洗祭)】 平安時代、季節の変わり目に貴族は禊祓いをして、罪、けがれを祓っていた。 現在は下鴨神社の夏の風物詩として根付いており、土用の丑の日に御手洗池の中に足をひたせば、罪、けがれを祓い、疫病、安産にも効き目があるといわれている。 祭当日、裸足になってみたらし池をすすむ「足つけ神事」には、老若男女が集まり、御手洗池で膝までを浸し、無病息災を祈る。 御手洗池から取れた黒い小石は「かん虫封じ神石」としての信仰があり、この日に限り授与されている。 |
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出雲非於神社 大月次相嘗新嘗 出雲は以都毛と訓べし、和名鈔、(郷名部)出雲、(假字上の如し)、」井於は井乃倍と訓べし、和各鈔、(郷名部)河内國志紀郡井於、(假字上の如し)○祭神御井神歟○下鴨村御祖社東井ノ上に在す(山城志)○式二、(四時祭下)相嘗祭神七十一座、出雲井上社一座、○御祖社の末社也 類社 摂津國島下郡井於神社、(鍬靫)和泉國和泉郡泉井上神社、但馬國養父郡井上神社、 連胤按るに、各國御井神を、祭れるや否、今考ふに便なし、 神位 三代実録、貞観元年正月27日甲申、奉授山城國從五位下出雲井於神從五位上、 橘経亮云、今の柊社也、古は別処に在しを、後に今の処に移じたる也、祭神は素盞嗚尊也、云々、伴信友云、丹波国桑田郡出雲神社と同神なるべし、云々、一宮記に、出雲井於神社大巳貴命妻三穂姫也、といへるも由ありてきこゆと云る、共に信用がたし、柊社は今御祖社の内坤方に坐し、井於神社は同東方に坐す事現に知られたり、また素盞嗚尊を祭るといふも、出雲の名によれるなるべし、また一宮紀に、云々、三穗津姫といへるは、丹波国一宮出雲神社の下にあるにて、爰の井於神社の事にあらず、もとより此井於神社当國一宮ならねば、一宮紀に戴すべきにあらず、皆杜撰の臆断也、 神社覈録 |