金山彦神社
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   【延喜式神名帳】金山孫神社 河内国 大県郡鎮座
          (旧地)龍田大社本宮址

   【現社名】金山彦神社
   【住所】大阪府柏原市大字青谷1025番地
       北緯34度34分37秒,東経135度39分34秒
   【祭神】金山毘古神
   【例祭】10月25日 秋季大祭
   【社格】旧村社
   【由緒】不詳
       貞観18年(875)閏4月7日從五位上に進階
       中世と近世には北峰山青谷寺の鎭守として八大金剛童子社といわれた
       明治5年(1872)村社 社名も金山彦神社となつた

   【関係氏族】
   【鎮座地】旧地はもと嶽山の嶺に在つたが、中古今の地に移したとの説がある
        もと神社の東の寺山の上にあり、中古今の地に遷したともある

   【祭祀対象】製鉄を司る神
   【祭祀】江戸時代は「八大金剛童子社」と称していた
   【社殿】本殿春日造
       拝殿・地車庫二棟

   【境内社】龍王神社、稻荷神社

青谷寺の北、池の東岸山裾に鎮座する。
金山孫神社は金山孫女神社とともに製鉄を司る神の社である。金山の神を祀る神社は美作国の中山神社、美濃国の中山金山彦神社などがあるが、現在も社名に金山孫・金山孫女の神名をそのまま出しているのは本社だけである。
雁多尾畑(かりんどおばた)地区の上手の山から鉄屑が発見されていて、この地域に製鉄に從事する人が活動していたことが裏付けされている。
延喜式神名帳では小社に列せられたが、その後の状況はよく分かっていない。中世と近世には北峰山青谷寺の鎮守として八大金剛童子社といわれていた。
明治5年、村社に列せられ、社名も金山彦神社となつた。
旧地はもと嶽山の嶺に在つたが、中古今の地に移したとの説がある。嶽山の嶺は金山孫女神社の旧社地といはれており、金山孫、金山孫女神社はともに嶽山の嶺にあつたのが、中古今のように両地にわかれたともとれる。
別の説としてもと神社の東の寺山の上にあり、中古今の地に遷したとあり、寺山の頂上には三株の大松があつたが、大正13年の夏枯死したと云われている。
嶽山には「龍田大社本宮址」の碑が建っている。
おそらく集落の北東、上方の山頂部付近と云われている。標高276.4mの、いま「とめしよの山」と呼ぶ山の西半部が嶽山ではないかと云われている。
金山媛神社の北東にある“留所の山”ともいわれ、神社の北東約700m(府道の東側)に留所山霊園があり、その辺りを指すかと思われる。


金山彦神社略記

御祭神 金山毘古神 金山彦神社は、およそ干数十年前(醍醐天皇延長5年)の平安時代に制定された延喜式神名帳に登載された式内社です。
御祭神の金山昆古神は、およそ1300年前(元明天皇和銅5年)に太安万呂によって書かれた古事記によりますと、伊邪那伎、伊邪那美二柱の神様よりお生まれになったと記されています。
この神様は古代、嶽山の嶺に奉祀されておりましたが中世にいたり、今の場所に遷座されました。かつては山王権現、八大金剛童子社とも称されたこともありましたが、明治8年金山彦神社と改められました。
古代、当地の嶽山・竜田山を中心とする地域は製鉄業で栄えていましたので、製鉄の守護神として奉祀されたのがはじめではないかと思われます。北方の高地は製鉄を営むのに最も適した風か得られるところで、風神をお祀りしたと思われる風神降臨の聖地として御座峰が伝承されています。
文化発展の上からこの地方の製鉄を考えてみると、鉄の重要性が増してきた弥生時代後期より応神河内王朝に至るまで続けられ、多くの富を人々にお授け下さった御神徳は偉大なものがあります。この神様は火の神様との御関係が深く、炊事を司る婦人の健康と安金を、加えて近年では鉄工、金属業、農土木産業、金融業や火に携る諸事の安全と繋栄をお守り下さる神様でもあります。
今も尚、当地の氏神様として、その信仰は脈々と受け継がれ、御神名、金山の名の通り黄金の山の如き富と幸福をお授け下さる事を信じ、各地より参詣する人々も多く、毎年の例大祭には、地車の巡行もあり、華やかな賑わいを見せております。
柏原市青谷
金山彦神社

社頭掲示板



金山彦神社

古代たたら復元
平成10年11月6〜7日この金属の神を祀る金山彦神社の境内で古代製鉄実験と刀鍛冶の実演が行われ1000人ほどの参加者、見学者がここに集いました。
製鉄実験は国認定保存技術保持者の木原明村下や山本補忠刀匠の指導で行われました。
高さ1mほどの円筒型のたたら炉が築かれ細かく砕いた鉄鉱石破片の投入や送風など一昼夜かけて作業が行われた結果、炉の底に27Kgの鉄塊を得ることが出来ました。
刀鍛冶の実演では刀鍛冶のホドが築かれ河内國平無鑑査刀匠によって、日本刀の鍛錬作業が行われました。
なお、鉄塊を取出す際に壊された、たたら炉の一部を展示します。

社頭掲示板



金山孫神社

金山孫は加奈夜麻比古と訓べし○祭神明か也○旧は青谷村山上に在す、老松一株猶存す、今山下に移す、(河内志、同名所図会)○日本紀神代上、一書曰、伊弉册尊、且生火神軻遇突智之時、悶熱懊脳回為吐、此化為神、名曰金山彦、」古事記、(神代段)生火之夜藝速男神、因生此子美蕃登見炙而病臥在、多具理邇生神、名金山毘古神、次金山毘売神、(旧事紀同じ)
類社
美濃國不破郡仲山金山彦神社(名神大)

神社覈録



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